« 「子供の居場所」 毎日新聞 21世紀を読む(2003/8/17)掲載 | トップページ | 若者とケータイ 「孤立の中での友だち探し」西日本新聞 いまこの時代に(2004/1 /14)掲載 »

2004年1月 1日 (木)

「目に見えないレイアウト」 神奈川大学評論2004年49 号掲載

 大学を卒業すると同時に、フリーランスのライターになった。最初は週刊誌の記者で、新興宗教の内紛騒動や地方にある病院院長のセクハラ事件、元CIA工 作員や元殺人犯のインタビューという初心者にしてはきつい取材が多かった。電話をかけるのも苦手になり、ストレスで軽い不眠症にもなった。
 締め切り日になると、集めてきたコメントをもって印刷所に走った。その二階の一室で編集者と向かい合って原稿を書く。弱小の週刊誌だったので取材記者も アンカーもかねた。一〇行書きあげるたびに編集者が校正する。胃が痛くなって、夜食にとってあった握り寿司も喉を通らなかった。
 けっきょく締め切り日にならないと、どんな記事になるかわからなかった。周辺取材を進め、いよいよ張本人へ、という段になって示談が成立していることが わかり、ボツになったこともある。当時はそういうことも多かった。
 三年ほどしてオールカラーのグラビア誌をやるようになった。編集長は「もはやアメリカから学ぶものはない。世界に通用する水準の雑誌だ」と豪語していた (けれどその雑誌は、アメリカ版や国際版が出ていたわけではなく、世界的には今でもはローカル誌だが……)。
 たしかに活版印刷とすべてが違っていた。まず取材して原稿を書いてから書店にならぶまで時間がかかった。そしてなにより違うのは、レイアウト先行という システムだった。まず企画はどんな写真が撮れるかで決まった。「絵にならない」、つまり「おしゃれな写真が撮れそうにない」テーマはそもそも企画にならな かった。
 カメラマンといっしょに行動し、アングルまで指示した。なにより写真中心だった。編集部へ帰ると、できあがったポジフィルムをセレクトし、タイトルをつ ける。タイトルは編集者の意向で変更されることもある。そしてそれらの材料がデザインにまわされる。三、四時間でレイアウトができあがってくる。文字量は しっかり決められている。一行の狂いもなく原稿を書かなくてはならない。ライターとしては不自由きわまりなかった。文字数の制約だけでなく、先に決められ ているタイトルに内容がしばられる。結論に合わせて記事を書く、といったぐあいになった。
 現場では美しくないもの、テーマにそぐわないものは撮らない。たとえそこにあるのがテーマとかけはなれたものでも、むりやり「美しく」撮った。文章もお なじだ。もう二〇年以上前のことだが、いろいろな大学をまわってロボットの取材をやった。現在と比べると稚拙きわまりない四足歩行の、玩具のようなものし かなかった。それを写真は最先端科学の結晶にかえた。両手にかかえられるほどのちゃちなアルミのおもちゃが、乗用車ほどのマシーンに見えた。見事なマジッ クだった。記事はまるですぐにでも鉄腕アトムが誕生するかのような、ビッグサイエンスの到来を告げるものになった。できあがった記事を見て、ぼくは苦笑す るしかなかった。
 それまでは、まずなにより取材してみる。そして事実を集めて、記事になるのか検討する。これがセオリーだと信じていた。「真実を追求するジャーナリズ ム」というお題目を信じるほどおめでたくはなかったが、それでも書く前から記事の骨格が決められているのには閉口した。
 やがて活版印刷の媒体はどんど少なくなっていった。まず読み物中心の月刊誌が少なくなくなり、週刊誌も写真の比重が大きくなった。
 さらに雑誌づくりは「進化」した。レイアウト先行は究極までになった。ある雑誌から仕事の依頼がきたときのことだった。編集者と会った。若い女性編集者 で丁寧な仕事ぶりが評判だった。彼女はテーブルに数枚の用紙をならべた。そこにはすでに詳細なレイアウトが描かれていた。驚いたことに写真の絵柄も鉛筆書 きで描かれていた。しかもその内の数点は他誌から切り抜いたコピーがそのまま貼られていた。
「これとおなじものを撮ってくるように、カメラマンにはいっています」と彼女はいった。
 もちろんタイトルも小見出しも入っていた。あとは現場に行って、そのフォーマットにそって取材し文字を埋めるだけだった。
 これは広告の作り方とおなじだった。けれど今では多くの有名誌はこのようにしてつくられている。雑誌の本文記事もレイアウト先行の広告的なシステムで制 作されている。広告的とは、すなわち出口=結論があらかじめ設定されていて、それにむかって材料をセレクトし、都合のいいものだけ集めて編集する。読者を 結論にむかって誘導する仕組みである。
 この仕組みでできあがった記事を私たちは目にして、大げさにいえば世界を解釈しているともいえる。イラク侵略戦争において、日本のテレビ報道の一部が、 アメリカ軍に嬉々として同行し、そのコントロールのなかで「ライブ」なニュースを流した。今やテレビニュースもレイアウト先行になっている。
 ではそのレイアウトはだれがつくるのか?戦争の場合はその遂行者たち=編集者がはっきりしているから、わかりやすい。けれど日々発生する膨大な情報は?
 それを担当する編集者がフォーマットを決めているわけだが、ではそこに彼らの個性が生かされているのか? 残念ながらそうではない。そこには独創も逸脱 もない。彼らはさらに大きな、目に見えないレイアウトによってしばられている。それはなんなのか? ぼくにはすぐに答えが見つからない。ただいえるのは、 今必要なのは言論の自由でも思想の自由でもなく、思考の自由といったものではないかと思う。たぶに私たちの思考も目に見えない大きな力によって、すでにレ イアウトされているのかもしれないのだから。

神奈川大学評論2004年49号 掲載

« 「子供の居場所」 毎日新聞 21世紀を読む(2003/8/17)掲載 | トップページ | 若者とケータイ 「孤立の中での友だち探し」西日本新聞 いまこの時代に(2004/1 /14)掲載 »

ESSAY」カテゴリの記事

著作本のご案内

前作『スマホ断食』から5年。大幅加筆改稿して、新しい時代を読み解く。
「スマホ断食 コロナ禍のスマホの功罪」
(潮新書)
2021年7月20日発売
定価(本体750円+税)
魚沼の棚田で足掛け2年にわたり米作りした汗と涙の記録。田んぼにまつわる美しい(!)写真も 盛りだくさん。通称「#田んぼ死」
「人として生まれたからには、一度は田植えをしてから死のうと決めていました。」
(プレジデント社)
2020年11月27日発売
定価(本体1600円+税)
「ネットで『つながること』の耐えられない軽さ」を改訂し、第5章を追加。
山根基世氏の解説。

「つながらない勇気」
(文春文庫)
2019年12月5日発売
定価(本体640円+税)
生きがいのある老後に必要なものとは
「暴走老人!」に続いて老年の価値を問う

「この先をどう生きるか」
(文藝春秋)
2019年1月12日発売
定価(本体1,200円+税)
讀賣新聞夕刊に連載された人気コラム
「スパイス」から選び抜かれたエッセイを
加筆改稿、書き下ろしを加えた

「あなたがスマホを見ているとき
スマホもあなたを見ている」

(プレジデント社)
2017年12月13日発売
定価(本体1,300円+税)
2006年に刊行されて、
「プレジデント・ファミリー」など
新しい教育雑誌発刊の火付け役になった本の文庫化

「隠れた日本の優秀校」
(小学館文庫 プレジデントセレクト)
2017年5月14日発売
定価(本体680円+税)
2011年に刊行され
ネット等で評判になった文章読本
これを大幅改稿した文庫本

「文は一行目から書かなくていい」
(小学館文庫 プレジデントセレクト)
2017年2月7日発売
定価(本体650円+税)
もし子供部屋がなかったら、
その子はどこで自分を見つめ、
自力で考え、成長する力を得られるのか?
子供と個室と想像力への考察

「なぜ、『子供部屋』をつくるのか」
(廣済堂出版)
2017年2月1日発売
定価(本体1,500円+税)
何かあるとすぐにネットで検索。
止まらないネットサーフィンで、気づくと1時間。
LINEの既読が気になって仕方がない・・・・・・
ネット漬けの日常から逃走し、「自分」を取り戻す

「スマホ断食」
(潮出版社)
2016年7月5日発売
定価(本体1,200円+税)
ネットは人を幸福にするのか?
「ネットことば」が「書きことば」を追いはらい、思考の根本が溶けていく。
それは500年に一度の大転換

「ネットで『つながる』ことの耐えられない軽さ」
(文藝春秋)
2014年1月30日発売
定価(本体1,100円+税)
エリエスのセミナーに5年以上通っているベストセラー作家が、「過去出席したセミナーの中でベスト2に入る」と絶賛した、伝説のセミナー収録CD
CD2枚組
「時代を切りとる文章講座」
(エリエス・ブック・コンサルティング)
2011年10月13日発売
定価10,500円(税込)
「骨の記憶」
(集英社)
2011年6月29日発売
定価1575円(税込)
「文は一行目から書かなくていい」
(プレジデント社)
2011年5月30日発売
定価1300円(税込)
文春文庫「暴走老人!」
(文藝春秋)
2009年12月10日発売
定価533円(税込)
集英社文庫「脳の力こぶ」
(集英社)
2009年3月18日発売
定価500円(税込)
朝日新書「検索バカ」
(朝日新聞出版)
2008年10月10日発売
定価777円(税込)
「なぜ、その子供は
腕のない絵を描いたか」

(祥伝社黄金文庫)
2008年7月24日発売
定価580円(税込)
「暴走老人!」
(文藝春秋)
2007年8月30日発売
定価1050円(税込)
科学と文学による新「学問のすすめ」
脳の力こぶ

(集英社)
2006年5月26日発売
定価1575円(1500円+消費税)
絵本「私を忘れないで」
(インデックス・コミュニケーションズ)
2006年5月25日発売
定価1260円(税込)

このサイトに関する、ご意見・お問い合わせはinfo@fujiwara-t.netまでご連絡下さい。
Copyright (c)2010 FUJIWARA Tomomi All right reserved.
掲載中の文章・写真の無断転載を禁じます。
Supported by TOSHINET.CO.LTD