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2004年1月 1日 (木)

「目に見えないレイアウト」 神奈川大学評論2004年49 号掲載

 大学を卒業すると同時に、フリーランスのライターになった。最初は週刊誌の記者で、新興宗教の内紛騒動や地方にある病院院長のセクハラ事件、元CIA工 作員や元殺人犯のインタビューという初心者にしてはきつい取材が多かった。電話をかけるのも苦手になり、ストレスで軽い不眠症にもなった。
 締め切り日になると、集めてきたコメントをもって印刷所に走った。その二階の一室で編集者と向かい合って原稿を書く。弱小の週刊誌だったので取材記者も アンカーもかねた。一〇行書きあげるたびに編集者が校正する。胃が痛くなって、夜食にとってあった握り寿司も喉を通らなかった。
 けっきょく締め切り日にならないと、どんな記事になるかわからなかった。周辺取材を進め、いよいよ張本人へ、という段になって示談が成立していることが わかり、ボツになったこともある。当時はそういうことも多かった。
 三年ほどしてオールカラーのグラビア誌をやるようになった。編集長は「もはやアメリカから学ぶものはない。世界に通用する水準の雑誌だ」と豪語していた (けれどその雑誌は、アメリカ版や国際版が出ていたわけではなく、世界的には今でもはローカル誌だが……)。
 たしかに活版印刷とすべてが違っていた。まず取材して原稿を書いてから書店にならぶまで時間がかかった。そしてなにより違うのは、レイアウト先行という システムだった。まず企画はどんな写真が撮れるかで決まった。「絵にならない」、つまり「おしゃれな写真が撮れそうにない」テーマはそもそも企画にならな かった。
 カメラマンといっしょに行動し、アングルまで指示した。なにより写真中心だった。編集部へ帰ると、できあがったポジフィルムをセレクトし、タイトルをつ ける。タイトルは編集者の意向で変更されることもある。そしてそれらの材料がデザインにまわされる。三、四時間でレイアウトができあがってくる。文字量は しっかり決められている。一行の狂いもなく原稿を書かなくてはならない。ライターとしては不自由きわまりなかった。文字数の制約だけでなく、先に決められ ているタイトルに内容がしばられる。結論に合わせて記事を書く、といったぐあいになった。
 現場では美しくないもの、テーマにそぐわないものは撮らない。たとえそこにあるのがテーマとかけはなれたものでも、むりやり「美しく」撮った。文章もお なじだ。もう二〇年以上前のことだが、いろいろな大学をまわってロボットの取材をやった。現在と比べると稚拙きわまりない四足歩行の、玩具のようなものし かなかった。それを写真は最先端科学の結晶にかえた。両手にかかえられるほどのちゃちなアルミのおもちゃが、乗用車ほどのマシーンに見えた。見事なマジッ クだった。記事はまるですぐにでも鉄腕アトムが誕生するかのような、ビッグサイエンスの到来を告げるものになった。できあがった記事を見て、ぼくは苦笑す るしかなかった。
 それまでは、まずなにより取材してみる。そして事実を集めて、記事になるのか検討する。これがセオリーだと信じていた。「真実を追求するジャーナリズ ム」というお題目を信じるほどおめでたくはなかったが、それでも書く前から記事の骨格が決められているのには閉口した。
 やがて活版印刷の媒体はどんど少なくなっていった。まず読み物中心の月刊誌が少なくなくなり、週刊誌も写真の比重が大きくなった。
 さらに雑誌づくりは「進化」した。レイアウト先行は究極までになった。ある雑誌から仕事の依頼がきたときのことだった。編集者と会った。若い女性編集者 で丁寧な仕事ぶりが評判だった。彼女はテーブルに数枚の用紙をならべた。そこにはすでに詳細なレイアウトが描かれていた。驚いたことに写真の絵柄も鉛筆書 きで描かれていた。しかもその内の数点は他誌から切り抜いたコピーがそのまま貼られていた。
「これとおなじものを撮ってくるように、カメラマンにはいっています」と彼女はいった。
 もちろんタイトルも小見出しも入っていた。あとは現場に行って、そのフォーマットにそって取材し文字を埋めるだけだった。
 これは広告の作り方とおなじだった。けれど今では多くの有名誌はこのようにしてつくられている。雑誌の本文記事もレイアウト先行の広告的なシステムで制 作されている。広告的とは、すなわち出口=結論があらかじめ設定されていて、それにむかって材料をセレクトし、都合のいいものだけ集めて編集する。読者を 結論にむかって誘導する仕組みである。
 この仕組みでできあがった記事を私たちは目にして、大げさにいえば世界を解釈しているともいえる。イラク侵略戦争において、日本のテレビ報道の一部が、 アメリカ軍に嬉々として同行し、そのコントロールのなかで「ライブ」なニュースを流した。今やテレビニュースもレイアウト先行になっている。
 ではそのレイアウトはだれがつくるのか?戦争の場合はその遂行者たち=編集者がはっきりしているから、わかりやすい。けれど日々発生する膨大な情報は?
 それを担当する編集者がフォーマットを決めているわけだが、ではそこに彼らの個性が生かされているのか? 残念ながらそうではない。そこには独創も逸脱 もない。彼らはさらに大きな、目に見えないレイアウトによってしばられている。それはなんなのか? ぼくにはすぐに答えが見つからない。ただいえるのは、 今必要なのは言論の自由でも思想の自由でもなく、思考の自由といったものではないかと思う。たぶに私たちの思考も目に見えない大きな力によって、すでにレ イアウトされているのかもしれないのだから。

神奈川大学評論2004年49号 掲載

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