「食する映画たち」3 嗜好571号(2004/5月)掲載
人生というのは過酷だし、未来は必ずしも輝いてはいない。それでもやっぱり人は生きていかなければならない。食事をするという行為はその第一歩だ。生の
残酷さを受け入れる勇気は、まずなにより食べるということから生まれる。『リストランテの夜』のオムレツの朝食も、『非情城市』のザーサイと白米のご飯
も、家族がいっしょになってただ黙々と食べる。会話はいらない。やはり食とは無言の、力強いコミュニケーションなのだと思い知らされた。
だからこそ食のシーンは、それだけで心の荒廃や人間関係の混乱をたちどころに表現することもできるのである。ロバート・アルトマン監督の『三人の女』で
はシェリー・デュバル扮する看護士が、じつに象徴的にそれを演じていた。彼女はいつも独り言をいっている。会話は一方通行で、孤独感を認めたくないために
ひたすらしゃべりつづけているかのようだ。その彼女がホームパーティーを開く。知人を呼ぶ。けれど用意された食事はチューブ入りのペーストやクリーム、ビ
スケット、クラッカーや缶詰のたぐいだ。そこにあるのは料理ではなく、できあいの工業製品でしかない。その「食」を通して見えてくるのは、彼女の冷え冷え
とした心模様だった。
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