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2004年7月 4日 (日)

「昏睡」(アーティスト・ハウス)

 私は毎日、かならず悪夢で目覚める。これまで夢のなかでいくども殺されかけ、高層ビルから落下し、川で溺れた。幼いころには、うなされて母親から揺り起こされた夜も少なくなかった。小説を書くようになってからは、その内容は複雑に微細になっていった。いくつかのストーリーが同時進行したり、夢を見ている自分が夢に出てきたり……。
 小説を書くということと夢を見るということは、深い相関関係をもっている、と確信している。夢を見ない作家がいたとすると、彼は夢という妄想の蛇口を閉じて、それをすべて執筆に振りむけられるうらやましい人、にちがいない。
 アレックス・ガーランドがどちらのタイプかはわからないが、少なくとも夢と創作の相関関係に勘づいている作家だ、と思う。
『昏睡』の主人公カールはオフィスで遅くまで仕事をした帰り、地下鉄車内で暴行を受け瀕死の重傷を負う。快復し退院したはずの彼だったが、どうもその様子がおかしい。日常の場面は切れ切れになり、ワープし、秩序がなくなる。その奇妙さを彼は事件の後遺症だと思う。けれど自分が昏睡患者病棟に寝ている患者だという場面に遭遇して、すべては夢であり、自分は物言わぬ患者にすぎない、という「現実」を思い知る。
 私はそこまで読んで、いい知れぬ恐怖を感じた。昏睡した患者が夢を見るものだとしたら、そしてその夢が悪夢だったとしたら、彼は死ぬまでその状態から解放されないということになる。しかも他人はその苦しみを知ることもないのだ。
 このカールの場合は、妻、友人、看護士が夢に登場するが、その関係は断続的で希薄である。ひたすら堂々巡りしているだけといってもいい。そこでは時間がいっこうに進まない。つまり「発展」というものがない。しかもカールの夢は、ときに錯乱し、正気を失う。昏睡患者が精神に異常をきたす。考えただけでも恐ろしい状態だ。それは彼がまだ「心を有している」からであり、だれもそれを救えないからである。狂気から生還し、ふたたびカールが夢のなかで到達した結論は「目を覚ますことは死ぬことである」だということだった。
 作者は『ビーチ』で大ヒットをとばしたイギリス人の新鋭。内容にもかかわらず文体は軽やかで読みやすい。夢にうなされることがあるという読者には気になる一冊である。

産経新聞(2004/7/4)掲載

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