« 「奇妙で不可解な住まい」 プレジデント(2004年11月25日号)掲載 | トップページ | 「旅する本」 ウィズ・ファーマ2005 Vol.3掲載 »

2005年1月 1日 (土)

「世界の中心は六〇憶」 ウィズ・ファーマ2005 Vol.1掲載

 最近は名称をなんでも略してしまうのが流行っている。あれは「セカチュー」というらしい。ピカチューとは違ってこちらは小説だ。文章は凝っているが、物 語はいつかだれもが読んだことのある、典型的な悲恋パターンである。
 大ヒットの理由にはそのタイトルがある、ともいわれている。けれどこれはハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』というSF短編にヒントを 得たものだ。「けもの」とつくだけで雰囲気はガラリとかわる。もちろん内容もまったく異なる。
 ほとんど共通する二作のタイトルのなかで、ぼくは「中心」というのがことに気になった。ここで愛を叫んでいるのはいうまでもなく自分=自己だが、その自 己が世界の中心であるのは、考えてみれば当たり前だからである。そうでなければ世界は成立しない。世界とは自己という存在が確立して、初めて立ち現れるも のだから。
 ただそこで問題なのは「けもの」にとって世界は、そのとき、そこにあるものでしかないということだ。それ以外の世界はない。つまり世界は概念ではなく、 自分からみた周囲にだけ存在する、そのときどきの瞬間的な状況でしかないのだ。だから「けもの」なのである。まず世界が存在し、自己はその全体のなかの部 分である、などということを考えるのは、人間だけである。いまこのときも、世界のどこかでは、自分とおなじような存在が苦しんでいる、恐れおののいてい る、などという想像力は、世界が概念となって、ようやく出てくるものだ。
 ところがどうも最近、人間界も「けもの」的に世界をとらえる傾向が強くなっているように感じられる。
 動物界と質は違ったとしてもやはり人間も、過酷な競争原理にさらされているのはおなじだ。だからともすれば世界という概念を忘れ、自己中心で自己愛に終 始しがちだ。というより、もともと人間も放っておくと徹底的な自己中心、ナルシシズム一辺倒になる存在なのだ。だから私たちは執拗に他者の存在を、自己も 人類という存在のパートなのだということを、日々いいつづけなければならないのである。人間といえども、そんなことはすぐ忘れるからだ。自己中心を捨て よ、というのではない。それは究極的には自死になってしまう。それはいけない。
 いま人類愛、世界平和、人権などという言葉は、口にするのも恥ずかしいほど力を失っている。けれどそうしたテーマを失ったら、他者の存在という世界観そ のものが解体する。「自己中心」で愛を叫ぶただの「けもの」になってしまう。
 このあいだ取材で五歳の子供たちに会った。画用紙に真四角の川を描く子が少なくなかった。電車の車窓から見える川は、鉄橋と鉄橋で視覚的に切りとられ真 四角に見えるからだ。この子たちにとって、川は山から蛇行しながら流れ、やがて海にいたるという、あたりまえの知識がない。川がまだ概念化されていないと もいえる。即物的に見た光景だけが彼らの世界観だ。こうした子たちが出てきたのはここ十年のことだという。
 いったいどうしたら、この地球上には六〇憶もの世界の中心が存在するのだということを、こうした子供たちに教えることができるのだろうか。それはまず大 人たちが、もう一度、自己と他者、そして世界の中心について考えてみるしかない、と思う。

ウィズ・ファーマ2005 Vol.1 掲載

« 「奇妙で不可解な住まい」 プレジデント(2004年11月25日号)掲載 | トップページ | 「旅する本」 ウィズ・ファーマ2005 Vol.3掲載 »

ESSAY」カテゴリの記事

著作本のご案内

前作『スマホ断食』から5年。大幅加筆改稿して、新しい時代を読み解く。
「スマホ断食 コロナ禍のスマホの功罪」
(潮新書)
2021年7月20日発売
定価(本体750円+税)
魚沼の棚田で足掛け2年にわたり米作りした汗と涙の記録。田んぼにまつわる美しい(!)写真も 盛りだくさん。通称「#田んぼ死」
「人として生まれたからには、一度は田植えをしてから死のうと決めていました。」
(プレジデント社)
2020年11月27日発売
定価(本体1600円+税)
「ネットで『つながること』の耐えられない軽さ」を改訂し、第5章を追加。
山根基世氏の解説。

「つながらない勇気」
(文春文庫)
2019年12月5日発売
定価(本体640円+税)
生きがいのある老後に必要なものとは
「暴走老人!」に続いて老年の価値を問う

「この先をどう生きるか」
(文藝春秋)
2019年1月12日発売
定価(本体1,200円+税)
讀賣新聞夕刊に連載された人気コラム
「スパイス」から選び抜かれたエッセイを
加筆改稿、書き下ろしを加えた

「あなたがスマホを見ているとき
スマホもあなたを見ている」

(プレジデント社)
2017年12月13日発売
定価(本体1,300円+税)
2006年に刊行されて、
「プレジデント・ファミリー」など
新しい教育雑誌発刊の火付け役になった本の文庫化

「隠れた日本の優秀校」
(小学館文庫 プレジデントセレクト)
2017年5月14日発売
定価(本体680円+税)
2011年に刊行され
ネット等で評判になった文章読本
これを大幅改稿した文庫本

「文は一行目から書かなくていい」
(小学館文庫 プレジデントセレクト)
2017年2月7日発売
定価(本体650円+税)
もし子供部屋がなかったら、
その子はどこで自分を見つめ、
自力で考え、成長する力を得られるのか?
子供と個室と想像力への考察

「なぜ、『子供部屋』をつくるのか」
(廣済堂出版)
2017年2月1日発売
定価(本体1,500円+税)
何かあるとすぐにネットで検索。
止まらないネットサーフィンで、気づくと1時間。
LINEの既読が気になって仕方がない・・・・・・
ネット漬けの日常から逃走し、「自分」を取り戻す

「スマホ断食」
(潮出版社)
2016年7月5日発売
定価(本体1,200円+税)
ネットは人を幸福にするのか?
「ネットことば」が「書きことば」を追いはらい、思考の根本が溶けていく。
それは500年に一度の大転換

「ネットで『つながる』ことの耐えられない軽さ」
(文藝春秋)
2014年1月30日発売
定価(本体1,100円+税)
エリエスのセミナーに5年以上通っているベストセラー作家が、「過去出席したセミナーの中でベスト2に入る」と絶賛した、伝説のセミナー収録CD
CD2枚組
「時代を切りとる文章講座」
(エリエス・ブック・コンサルティング)
2011年10月13日発売
定価10,500円(税込)
「骨の記憶」
(集英社)
2011年6月29日発売
定価1575円(税込)
「文は一行目から書かなくていい」
(プレジデント社)
2011年5月30日発売
定価1300円(税込)
文春文庫「暴走老人!」
(文藝春秋)
2009年12月10日発売
定価533円(税込)
集英社文庫「脳の力こぶ」
(集英社)
2009年3月18日発売
定価500円(税込)
朝日新書「検索バカ」
(朝日新聞出版)
2008年10月10日発売
定価777円(税込)
「なぜ、その子供は
腕のない絵を描いたか」

(祥伝社黄金文庫)
2008年7月24日発売
定価580円(税込)
「暴走老人!」
(文藝春秋)
2007年8月30日発売
定価1050円(税込)
科学と文学による新「学問のすすめ」
脳の力こぶ

(集英社)
2006年5月26日発売
定価1575円(1500円+消費税)
絵本「私を忘れないで」
(インデックス・コミュニケーションズ)
2006年5月25日発売
定価1260円(税込)

このサイトに関する、ご意見・お問い合わせはinfo@fujiwara-t.netまでご連絡下さい。
Copyright (c)2010 FUJIWARA Tomomi All right reserved.
掲載中の文章・写真の無断転載を禁じます。
Supported by TOSHINET.CO.LTD