「観覧車は永遠に回る(1)」 (2009.4.17)※BIZ STYLE 2008.no1掲載のエッセイを再録したものです。
店の名は「この世でもっとも偉大なるバー」。
たしかに大げさで気取った名前だなあ、と思う。しかし、その場所が地上から四〇〇メートル上空にあったと知れば、印象はいささか変わってくる。
「ザ・グレイテスト・バー・オン・アース」の「グレイテスト」という言葉のニュアンスには、その高さも含まれているのだから。四〇〇メートルという高度
は、街全体を鳥瞰し、すべてを眼下にとらえることができる。そんな日常を超越したような場所で飲む酒は、いったいどんな味がするのだろう。
その店で撮られた写真がある。被写体の主役は、窓辺に置かれた美しいカクテルだ。酒を受け止める逆三角形の窪みとそれを支える脚のバランスが見事に整っ
た、そうまさに正統派のマティーニグラス。ふちの間際まで透明な液体で満たされている。
グラスの向こうには港と街並みがうすぼんやりと透けて見える。自由の女神像もかすかに浮き上がっている。
ジンにベルモットが溶けあった液が静かに揺れながら、黄昏時の光を吸収して、きらめいている。
もうその店はこの世には存在しない。アースから消えてしまった。世界が二一世紀を迎えたその年の九月一一日、それ以来、ここでマティーニを飲むことはで
きなくなった。どんな酒も注文できない。カクテルグラスもカウンターもテーブルも空中ではじけ飛んでしまったから。偉大なるバーは一瞬にして消滅したの
だ。(つづく)
※BIZ STYLE 2008.no1掲載のエッセイを再録したものです。
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