「観覧車は永遠に回る(2)」 (2009.4.20)
ニュース映像をテレビで目にしたとき、ただ現実ばなれしたスペクタクルシーンを眺めているようにしか、ぼくには感じられなかった。けれど、「偉大なるバー」のマティーニをとらえたあの写真を目にしたときから、ぼくにもはっきりと見えてきたものがある。
九月一一日は世界の仕切のようなもの、もう二度ともどれない壁となったのだ。
これから何千キロもはなれたニューヨークという街での出来事。それがどうした? と人はいうかもしれない。なぜなら今このときも、戦乱と飢餓によって多くの命が消えているのだから、と。
しかし、その写真によって呼び起こされたのは、数千人の命とともに失われた何かだ。二〇世紀が気づかなかった、もしかすると「偉大なる」何かであるかもしれない。
マティーニはモーツァルトやソクラテスのように世界を語る。その日その時、空間にあふれていた笑い声、ささやき声、ピアノの音、グラスとグラスがふれあったときの華やいだ音、ハイヒールの靴音、シェイカーのなかで氷のかけらが奏でるリズム、胸元から漂ってくるフレイグラスの香り、さまざまなリキュールが混ざり合った甘い香り。
ニューヨークという世界の中心、その街でもっとも天国に近い場所には、ほんの少し前まで、彼と彼女たちの、喜びや悲しみで彩られたカクテルの香りが漂っていたのだ。
※BIZ STYLE 2008.no1掲載のエッセイを再録したものです。
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