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2009年5月23日 (土)

「身体的な経験知としての新型インフルエンザ」 (2009.5.23) WEB限定掲載、書き下ろし

 新型インフルエンザでは一九五七年以前に生まれた人は、かかりにくいという報道があった。抗体を持っている人が多いのだという。
 完全に実証された説ではないが、たしかに感染者は圧倒的に若い元気な世代である。当初は幼児、高齢者こそ気をつけなければといわれていたが、ウイルスが 変異しないかぎりは、危険性が高いのは若い人ということになる。
 考えてみれば、これは特異な出来事である。防疫に気を配り、体調を気にするべきは高齢者という常識が、ここでは逆転しているのだ。
 若者がマスクで防御して、戦々恐々と街を歩くそばを、老人が何食わぬ顔で堂々と通りすぎるということがあたりまえになるとすると、それはじつに奇妙な光 景に見えることだろう。
 結核、百日咳、はしか。最近、耳にするのはこうした病が大学のキャンパスで流行しているということである。中高年は「ほーっ、懐かしい病名だ」くらいに 感じるだけだ(もちろん、病理学的にはまったくの他人事といわけではないのだが)。
 ヨーロッパの研究発表だったが、酪農家に育った者には、アレルギーがほとんど出ないという結果があった。幼いころから家畜の世話をして、彼らの持ってい る菌にふれることで、アレルギーに強い体質になるらしい。
 子供から菌を遠ざける現代の行き届いた生活が、むしろ弱い体質の大人を生むというジレンマがある。
 人間の身体は年とともに弱体化し、病にむしばまれる可能性を加速度的に強めていく。しかし、私たちの「死にむかうレール」は必ずしも直線ではなく、蛇行 したり、あともどったりという複雑な経路をたどる。
 その根本にあるのは「経験の知」だ。病に苦しみながら身体に組みこんできた経験知は、行く先々でいかされていく。その意味では、いま新型インフルエンザ に遭遇する若い世代もまた、その経験知を身体に記憶させるという作業を行っているのである。
 情報社会はとどまるとことのないフローな社会イメージを醸造してきた。が、身体はいまもって経験をストックし、つぎにいかすことで生きのびるという方法 を捨ててはいないのである。

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