「ランド 世界を支配した研究所」 (2009.7.20)※西日本新聞に本年2月に発表した書評を改稿したものです。
「ランド 世界を支配した研究所」(文藝春秋)の書評
スタンリー・キューブリック監督作品『博士の異常なる愛情……』の冒頭は、モノクロ映画のなかでも、もっと有名なシーンにちがいない。核爆弾を搭載した
爆撃機が空中給油を行っている。ジュラルミンの機体が陽光に輝き、優雅なストリングスの調べが美しいあの場面だ。
しかしなぜ、空中給油か? こうすれば地上が核攻撃を受けても、空中で生き残った機がソ連を攻撃することができる。この戦略を考案したのは数理論理学
者、アルバート・ウォルステッター。彼はフェイルセーフ(多重安全装置)という概念をつくりあげた。
だれしもどこかで耳にしたことがある用語だろう。あらゆるミスや偶発性を考慮して、常に安全に機能が働くように設計、計画する考え方である。実はこの設
計思想は一九五〇年代の東西冷戦から生まれたのだ。
ウォルステッターは「ランド」と呼ばれる研究所の中心的人物の一人だった。本書はこの「ランド」について書かれた労作である。世界でも最初といえる本格
的なこのシンクタンクには、当時アメリカで有数の「頭脳」がさまざまなジャンルから結集し、軍産複合体の戦略、そして時の政権への政策立案を手がけてい
た。
その根底にあったのは、軍事、政治はもとより、社会の動き、人間の行動さえも数値化し予測できるという考え方だ。この数値合理主義が、のちにさまざまな
思考方法を誕生させた。
たとえば「囚人のジレンマ」に代表される「ゲームの理論」、さらに「システム分析」などのほか、現在のインターネットに通じるシステム思想もあった。
「ランド」の遺産は、現在にも引き継がれている。ラムズフェルド前国防長官、ライス前国務長官、歴史家のフランシス・フクヤマなどは、「ランド」の理事や
理事長を務めた経験がある。
つまり一世を風靡したネオコンと、市場は常に「合理的選択」をするという市場絶対主義もまた、このシンクタンクの流れをくむものなのだ。「ランド」は二
〇世紀後半から現在にいたるまで、アメリカによるグローバリズムとともに、世界中にばらまかれたということもできる。
二〇世紀の現代史を中枢で操ったシンクタンクを知ることで、現代社会の「つくられ方」を知ることができるかもしれない。
※西日本新聞に本年2月に発表した書評を改稿したものです。
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