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ツイッターをやることになった。
ある番組で、ツイッターについて、語ることになったのだが、
なんだかとても面倒な感じがしている。
ツイッターをやるといっても、たいしたことではないのだけれど、
なにぶん新しいもの、だからどうしても億劫になる。
20代だと、もっと積極的に、やり始めるのかもしれないが、
周囲の50代で体験率は10%をかなり切る。
やっているのは少数だ。
予感としては、職場縁、地域縁、家族親族縁の希薄化による人、他者との関係性の衰退が、ネット縁という仮想の関係性を引きよせていて、そこへツイッターが
入りこんでいる気がする。
おそらくこれは世界的傾向だが、日本はその傾向がもっとも強いので、ツイッターが爆発的に発展するかもしれない。
関係性が仮想化すると、他者とのつながりは情報化される。
情報化されるということは、瞬間的なつながりの更新、リセットが関係のスタイルとなる。
ということなのだろうか、ねえ。
顔の見えない仮想の糸、だ。
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